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「かまいしの第九」45年でフィナーレ 高齢化、資金難で一区切り

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「かまいしの第九」の公演を終え、観客に向かってあいさつするオーケストラと合唱団=岩手県釜石市で2023年12月17日午後3時6分、奥田伸一撮影
「かまいしの第九」の公演を終え、観客に向かってあいさつするオーケストラと合唱団=岩手県釜石市で2023年12月17日午後3時6分、奥田伸一撮影

 岩手県釜石市で45年間続いた市民音楽会「かまいしの第九」の最終公演が17日、釜石市民ホールで開催された。長く製鉄所で繁栄した「鉄の町」の恒例行事だったが、中心メンバーの高齢化と資金難のため今回で幕を閉じることになった。地元をはじめ県内外から参加したオーケストラ60人と合唱団115人は思いのこもった演奏とコーラスを披露した。

 この日の曲目は「第九」で知られるベートーベン交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」と、東日本大震災がテーマの「群青」と「明日を」の計3曲。ホールには釜石出身の都立高校教諭、瓦田尚さんのタクトで演奏と歌声が響き渡り、約550人の観客が聴き入った。

会場となった釜石市民ホールのロビーにはこれまでの公演のポスターなど45年分の資料が展示された=岩手県釜石市で2023年12月17日午後3時30分、奥田伸一撮影
会場となった釜石市民ホールのロビーにはこれまでの公演のポスターなど45年分の資料が展示された=岩手県釜石市で2023年12月17日午後3時30分、奥田伸一撮影

 実行委員会会長の川向(かわむかい)修一さん(71)は公演終了後の取材に「指導者や仲間と45年間、心を通い合わせながら活動してきたことを思いながら歌った。私たちは一区切りを付けたが、引き継ごうという人が出てくることを願っている」と語った。

 「かまいしの第九」は1978年12月に釜石市民文化会館の落成記念として始まった。2011年の東日本大震災で文化会館が被災した後は会場を変えて開催。20、21年は新型コロナウイルスの感染拡大で中止したが、22年に再開した。【奥田伸一】

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